1. はじめに
コールセンターは、企業と顧客を直接つなぐ重要な接点として機能しており、その重要性は年々高まってきております。特に近年はSNSやチャットなど、多様なチャネルで顧客とコミュニケーションをとる機会が増え、コールセンターの形態や役割も変容を遂げています。こうした変化に対応するために、コールセンターを運営する企業やコールセンターサービスを提供する事業者がM&A(企業の合併・買収)を活用するケースも増加してきました。
コールセンター業界におけるM&Aは、単なる事業拡大や規模の拡大という狙いにとどまらず、ITサービスやデジタル技術の統合、人的リソースやノウハウの取得、あるいは海外市場への進出など、多角的な目的をもって行われています。本稿では、コールセンター業界におけるM&Aの背景や要因、メリットやリスク、具体的な手続きの流れ、事後統合の課題などを網羅的に解説しながら、実際にどのような事例が存在するのかをご紹介し、さらに今後の展望についても考察してまいります。
2. コールセンター業界の概況
2-1. コールセンター市場の規模
日本国内において、コールセンターは長らく顧客サポートの要として機能してきました。電話での対応だけに留まらず、メールやチャット、SNSなどさまざまなチャネルを通じて顧客とコミュニケーションを行う「コンタクトセンター」という呼称も普及しつつあります。その市場規模は、景気変動やコスト削減要請などの影響を一定程度受けながらも、堅調な推移を見せております。特に、ITアウトソーシングの需要拡大やクラウド型コールセンターソリューションの普及もあいまって、安定した成長が続いていると言われています。
近年は、コロナ禍に伴うリモートワークの普及や、オンライン販売の拡大によって顧客からの問い合わせが急増し、コールセンターへの需要が高まった時期もありました。一時的な要因ではありますが、その後もオンラインチャネルの普及によりコールセンターの重要性が認識されるようになり、企業がコールセンターに投資する流れが確立してきました。
2-2. 業界プレーヤーの多様性
コールセンター業界には、大手通信事業者のグループ会社やIT企業系列のコールセンター企業、もしくは独立系のコールセンター事業者など、多種多様なプレーヤーが存在します。大手企業は全国各地、さらには海外にも拠点を展開してグローバルなカスタマーサポートを提供しているのに対し、中小規模の企業は地域に根ざしたコールセンターを運営するなど、担う役割も多様です。
さらに、近年のIT技術の進歩により、コールセンター業務にAIを導入しようとする企業も増えてきました。音声認識や自然言語処理、チャットボットなどのテクノロジーが進化しており、これらをどう事業戦略に組み込んでいくかが、業界の将来を左右すると言っても過言ではありません。こうしたIT投資には大きなコストがかかるため、独自開発が難しい企業は買収によって技術を取り込むことや、提携先を探すケースも増えてきました。コールセンター事業者同士のM&Aだけでなく、ITベンダーやAIベンチャーを取り込むM&Aも活性化しつつあります。
2-3. 労働市場と人材確保の課題
コールセンター業界にとって、人材は非常に重要な資源です。オペレーターは顧客と直接対峙するため、顧客満足度を左右する大きな要因になり得ます。しかしながら、コールセンターのオペレーターという仕事はストレスが大きいとされ、高い離職率や人材確保の難しさが常に課題として挙げられてきました。人件費の圧迫や離職率の高さをどうコントロールするかは、コールセンターを運営する事業者にとって大きなテーマです。
一方で、インバウンド(顧客からの問い合わせを受ける)中心のコールセンターだけでなく、アウトバウンド(電話営業や新規獲得のためのコールを行う)主体のコールセンターも存在し、そこでは営業成績やコンプライアンス対応などが課題となります。また、オペレーターにどの程度の権限を与えて顧客対応させるかも品質に大きく影響するため、教育コストや研修制度の充実も重要です。これらの要因は企業の資本力や経営リソースによって大きく左右されるため、事業の拡大や人材確保を目的としたM&Aが増えているのです。
3. コールセンターの役割と特徴
3-1. 企業の「顔」としてのコールセンター
コールセンターは、企業が顧客と直接コミュニケーションを図る最前線の場です。商品やサービスについての問い合わせ対応だけではなく、苦情処理やクレーム対応、時には売上向上を狙ったアップセルやクロスセルの提案も行います。このように、コールセンターは顧客の声を集約しながら、顧客満足度の向上と企業の収益拡大の両方を担う重要なセクションとなっています。
また、コールセンターが収集した顧客の声は、企業にとって価値の高いデータです。顧客が何を求め、どの部分に不満を感じているかといった情報は、商品開発やマーケティング戦略を立案する上でも不可欠といえます。こうした顧客データの蓄積と分析を行うコールセンターは、企業の“データハブ”的な存在としても注目されています。
3-2. 多チャネル化への対応
コールセンターは従来の電話対応に加えて、メールやチャット、SNSなど複数のチャネルを駆使して顧客対応を行うようになりました。これにより、顧客は自分に合った手段で企業に問い合わせや相談を行えるようになり、顧客満足度の向上につながると期待されています。
しかし、多チャネル化が進むにつれ、オペレーターは電話以外のスキルや知識も習得する必要が出てきました。チャットでのやり取りやSNSの運用には、タイピング速度や文章力、SNS独特のコミュニケーションマナーなど、従来の電話応対とは異なるスキルセットが求められます。そのため、研修体系や教育カリキュラムの整備が求められており、大手企業やITに強い企業がリードしやすい構造になっています。
3-3. AI・自動化の導入
近年ではAI技術の進歩により、音声認識や自然言語処理を活用した自動応答やチャットボットの活用が盛んになっています。これらのテクノロジーは、コスト削減や応対品質の平準化、顧客満足度の向上に役立つとされ、多くのコールセンターに導入が進められています。特に一次対応を自動化し、複雑な問い合わせのみオペレーターが対応するといった形で人手不足の解消や効率化を図る企業が増えています。
一方で、AI導入には初期投資やシステム運用コストがかかるため、中小規模のコールセンター企業が独自にAIシステムを構築するのは難しい場合があります。その結果、AI技術を有する企業を買収したり、戦略的なM&Aを通じてノウハウを獲得する動きが加速している側面もあります。
4. コールセンター業界におけるM&Aの背景
4-1. 事業規模拡大と業界再編
コールセンター業界におけるM&Aが注目される要因の一つとして、事業規模の拡大が挙げられます。コールセンターは基本的に労働集約型のビジネスとされ、規模が大きくなるほど固定費の分散やシステム投資の効率化が期待できます。特に大規模なコールセンター事業者は、数千人以上のオペレーターを抱えているケースもあり、顧客企業(依頼元)との大規模契約を獲得しやすいメリットがあります。
また、業界再編が進行している点も見逃せません。大手企業が中小のコールセンター事業者を買収したり、同業他社同士が合併して規模を拡大することで、価格競争力を高めると同時にクライアントからの受注をより安定させようとする動きが活発化しています。コールセンター業務は入札やコンペに基づく契約獲得が多いため、価格競争や人的リソースの確保は経営に直結する重要なテーマとなります。そうした競争を勝ち抜くために、M&Aが選択肢として浮上しているのです。
4-2. IT・デジタル技術とのシナジー追求
コールセンター業界では、顧客データや通話履歴などビッグデータの活用が増えています。コールセンターが蓄積する膨大な顧客情報を分析し、マーケティングや商品開発に活用する動きは、今後さらに加速すると考えられます。そのためには、AIやビッグデータ分析のノウハウを持つ企業との連携が不可欠であり、場合によってはM&Aによる機能獲得が効率的な手段となります。
また、コールセンターで蓄積された顧客データを基に、カスタマージャーニー全体を可視化し、顧客満足度(CS)向上や顧客体験(CX)の最適化を実現するソリューションを提供できる企業は、競争優位性が高くなります。こうした先端的なソリューションを得意とするIT企業やスタートアップを取り込むために、コールセンター事業者が積極的にM&Aを検討するケースも増えてきているのです。
4-3. 海外展開への対応
グローバル化が進む現在、海外に生産拠点や販売拠点を置く企業にとって、海外対応のカスタマーサポート体制は重要性を増しています。多言語コールセンターの整備や、時差を利用した24時間体制のサポートなど、グローバル企業からの需要は高まり続けています。そのため、海外に拠点を有するコールセンター事業者や、多言語対応のノウハウを持つ事業者を買収する動きが見られるようになりました。
日本企業による海外進出だけでなく、海外企業が日本市場に参入する際に、日本のコールセンター企業を買収し、現地市場に即したサポート体制を構築する例も増えています。コールセンターの業務は言語や文化的背景を踏まえた対応が必要なため、ローカル企業を取り込むことでスムーズな参入やサービス提供を実現するわけです。
5. コールセンターM&Aのメリット
5-1. スケールメリットによるコスト効率化
コールセンター事業は、規模が大きくなるほど固定費を分散できる可能性が高まります。具体的には、人材採用や研修システムの効率化、設備投資やネットワークコストの削減などが挙げられます。多数のオペレーターを抱え、一括で契約や管理を行うことで交渉力が高まり、結果としてコスト構造が改善しやすくなります。
また、M&Aによって店舗や拠点が増えることで、国内だけでなく海外を含めた複数地域での24時間対応やマルチリンガル対応を実現しやすくなります。これにより、大手クライアントとの包括的な契約が結びやすくなり、安定した収益基盤を確保することが可能になります。
5-2. 人材やノウハウの獲得
コールセンターの品質は、オペレーターのスキルやマネジメントの仕組みに大きく左右されます。M&Aによって優秀なオペレーターや管理職、教育担当者などを取り込むことができれば、組織力の強化につながります。また、各社が持つ独自のマネジメント方法や研修体系、モチベーション維持の仕組みなどのノウハウを共有・統合することで、全社的なサービス品質の底上げを図ることができます。
特に、特殊な業務知識(金融や保険、医療、ITサポートなど)を持ったコールセンター企業を取り込むことで、新規事業領域への展開がしやすくなる利点もあります。コールセンター業務では、業種特化型のノウハウが競争優位となることが多いため、こうした専門性をもつ企業の買収は魅力的です。
5-3. IT資産・技術の取り込み
前述の通り、AIやビッグデータ、チャットボットなどのIT技術の導入は、コールセンターの将来を左右する重要課題です。こうした先進技術を有する企業を買収したり、ITベンダーと合併することで、短期間でテクノロジー面の強みを獲得することができます。また、自社のIT基盤を強化し、システム統合やデータ連携を円滑に進められるのは、長期的な競争力に直結します。
IT技術の導入は、単にオペレーター業務を効率化するだけでなく、顧客満足度の向上やデータ分析による経営の高度化にもつながります。顧客満足度が高まれば、コールセンターサービスへの需要はさらなる拡大が期待できますし、分析したデータをクライアント企業にフィードバックすることで、新たな付加価値サービスを提供できる可能性も生まれます。
5-4. 新市場への参入と顧客基盤の強化
M&Aを通じて、これまでリーチできなかった市場や業種に参入することができます。たとえば、国内市場に特化した企業が海外に拠点を持つコールセンターを買収することで、一気にグローバル展開を加速させることが可能です。また、既に海外展開を進めている企業を買収すれば、ノウハウの蓄積も期待できるでしょう。
さらに、買収先企業の顧客基盤を活用できる点もメリットです。コールセンター業界では継続契約が重要になるため、買収先企業が強固な顧客関係を築いていれば、安定収益の確保や顧客との関係深耕にも役立ちます。逆に自社が持つ顧客基盤に対して、新たに取り込んだサービスを展開することで売上拡大につながるシナジーも狙えます。
6. コールセンターM&Aに潜むデメリット・リスク
6-1. 統合の難しさ
M&Aによって規模が拡大したものの、現場の運営や組織文化の統合がうまく進まなければ、シナジーを生み出すどころか逆効果になる可能性があります。コールセンターはオペレーションが中心となるため、組織構造や管理体制が複雑化すると、マネジメントの混乱を招くリスクがあります。また、企業文化の違いは、日々の業務やモチベーション管理に大きく影響するため、PMI(Post-Merger Integration)には慎重なアプローチが必要です。
6-2. 離職率の上昇
コールセンターはもともと離職率が高い業種とされますが、M&Aに伴う組織変更や経営方針の変更などが加わることで、さらに離職が加速する恐れがあります。特に、買収される側の社員は将来に対する不安や経営陣への不信感を抱くことがあり、優秀な人材が流出してしまう可能性もあるのです。人材確保が難しいコールセンターにおいて、これは大きなリスクとなります。
6-3. 過剰投資や設備の重複
コールセンターのM&Aでは、双方の企業が独自のシステムや設備、オペレーションプロセスを保有しているケースが少なくありません。これらを統合する際に、重複するシステムや設備が発生し、無駄なコストがかかることがあります。また、安易に新システムを導入すると、オペレーターや管理者の再教育に時間とコストがかかり、短期的な収益悪化につながる可能性があります。
6-4. コンプライアンスリスク
コールセンターは個人情報や通話録音など、機密性の高い情報を日常的に扱うため、コンプライアンスリスクが大きい業種です。M&Aによって事業規模や拠点が拡大すると、拠点ごとの規制やルールに違いがある場合や、コンプライアンス体制を一元化するのが難しいという問題が生じます。特にグローバル展開を行う際には、国ごとにデータ保護法規制が異なるため、十分な調査と対策が必要です。
7. M&Aプロセスの全体像
コールセンター業界においても、M&Aの一般的なプロセスは以下のステップを踏むことが多いです。
- 戦略立案・ターゲット企業の選定
事業の拡大や新規領域への参入など、M&Aの目的を明確化し、それに合致するターゲット企業をリストアップします。 - アプローチと基本合意
相手企業と接触し、基本的な条件や大枠の合意を得るフェーズです。ここで秘密保持契約(NDA)を締結し、次のステップへと移行します。 - デューデリジェンス(DD)
ターゲット企業の財務、法務、税務、ビジネスなど多角的な調査を行い、リスクや潜在的な問題点を洗い出します。コールセンターの場合は、システムやオペレーション、コンプライアンスなどに焦点を当てた調査も重要です。 - 最終契約・条件交渉
DDで判明したリスクを踏まえ、最終的な買収金額や支払方法、売却側の経営陣の処遇など詳細な条件を交渉します。最終契約書(SPA:Sales and Purchase Agreement)を締結し、株式譲渡や事業譲渡の手続きに進みます。 - クロージング(譲渡実行)
契約締結後、所定の条件が満たされた上で株式や事業の譲渡手続きを実行し、晴れてM&Aが完了します。 - PMI(統合プロセス)
M&Aが完了した後、組織やシステム、オペレーションなどの統合を進め、シナジーを実現させる段階です。PMIの成否がM&Aの成否を大きく左右します。
8. デューデリジェンス(DD)の要点
コールセンターのM&Aにおいては、以下のような視点でデューデリジェンスを行うことが特に重要です。
8-1. 財務面の精査
売上構造やコスト構造、キャッシュフローの安定性などを丹念に調べます。コールセンターは人件費や設備費が大きな割合を占めるため、それらがどのように変動しているかや、主要なクライアントとの契約条件(契約期間や更新率、料金体系など)を把握することが欠かせません。また、季節変動や経済状況による影響がどの程度出やすいかも確認しておく必要があります。
8-2. オペレーション・システムの評価
コールセンターの効率性や品質は、システムやマネジメントの成熟度と密接に関係します。具体的には以下の項目をチェックします。
- コールディストリビューションシステム(ACD)やCRMシステムの導入状況・運用実績
- AIやチャットボットなどの先端技術の導入度合い
- コールスクリプトやFAQの整備状況
- オペレーターの研修・教育体制
- 品質管理指標(顧客満足度、応答率、平均応答時間、一次解決率など)
これらの項目を精査することで、ターゲット企業のサービスレベルや今後の改善余地を把握できます。
8-3. 人事・組織面のチェック
コールセンターにおいては、人材の確保と定着率が大きな課題です。以下のような観点を確認します。
- 人員構成(正社員・契約社員・派遣社員・アルバイトの割合)
- 離職率や勤続年数の推移
- 人事評価制度やキャリアパスの設計
- 組織文化やコンプライアンス意識
特に管理職やSV(スーパーバイザー)の質は、コールセンターの運営に直結しますので、彼らの経験やマネジメントスタイルも注意深く評価すべきポイントです。
8-4. 法務・コンプライアンス調査
コールセンターでは、個人情報保護や通信関連の法律に加えて、クライアントからの守秘義務など、遵守すべきルールが多岐にわたります。デューデリジェンスでは、以下の点を特に注視します。
- 個人情報保護法への対応状況
- 通信事業者としての許認可の有無
- クライアントとの契約内容やリスク分担
- 過去の法令違反やトラブル履歴の有無
ここで問題が見つかった場合は、M&A後に巨額の損害賠償やイメージダウンにつながるリスクもあるため、慎重な精査が求められます。
9. M&A後の統合プロセス(PMI)の重要性
9-1. 組織体制の再編と人材活用
M&Aの成否を分ける重要なフェーズとして、PMI(Post-Merger Integration)があります。コールセンター業界では特に、オペレーション面やシステム面だけでなく、人事面でも慎重な統合が必要です。現場のオペレーターは業務プロセスやシフト管理、品質指標などの変更に敏感に反応するため、可能な限りスムーズに移行できる計画を策定することが求められます。
また、人材活用の面では、双方の企業が持つ優秀な人材をどのように配置し、新たな組織文化をつくりあげるかが課題になります。特に買収される側のキーパーソンが離職しないよう、報酬体系や職位などの条件面を柔軟に検討する必要がある場合もあります。
9-2. システム・プロセスの統合
コールセンターの命ともいえるシステムやプロセスの統合は、PMI段階での最重要事項の一つです。コールセンターシステム(ACDやCRMなど)の統合方法を誤ると、顧客情報の重複やデータ移行トラブル、オペレーターの戸惑いなど、多くの問題が生じる可能性があります。十分な検証と移行手順を整備した上で、段階的にシステムを統合するか、あるいはどちらかのシステムを選定して切り替えるのかなど、戦略的な判断が必要となります。
また、オペレーションマニュアルやコールスクリプト、品質指標の統一も大きな課題です。両社のベストプラクティスを掛け合わせ、より高品質なオペレーションを目指す姿勢が重要ですが、現場への浸透には時間がかかることを前提に進める必要があります。
9-3. ブランディングとコミュニケーション
M&A後、クライアント企業に対するブランディングや信頼関係の維持も重要です。コールセンターは顧客企業にとって重要な外部委託先であり、運営体制が変わることでサービス品質が低下するのではないかと懸念されるケースがあります。こうした不安を払拭するため、PMIの進捗状況や新体制のメリットをわかりやすくクライアントに伝え、円滑なコミュニケーションを図ることが大切です。
内部に対しても同様で、社員がM&Aによって会社がどのように変わっていくのかを理解しないままでは、不安感が増幅して離職のリスクが高まります。M&Aの目的や今後のビジョン、組織体制の変更点などを適切に共有し、社員が新たな組織の一員としてモチベーション高く働ける環境づくりを進めることが重要です。
10. コールセンター業界のM&Aにおける具体的事例
ここでは、コールセンター業界におけるいくつかのM&A事例を挙げながら、その背景や狙い、得られた成果について簡単にご紹介します。実際の企業名を示すことは控えますが、類似したケーススタディとして参考にしていただければと思います。
10-1. 大手IT企業によるコールセンター企業の買収
ある大手IT企業が、国内の中堅コールセンター企業を買収した事例があります。このコールセンター企業は、AIチャットボットや音声認識技術など先進的なツールを一部導入していたものの、開発力や資本力に限界があり、自社開発を進めるには大きな投資が必要でした。そこで、IT企業のグループに入ることで、先進技術の研究開発やクラウドサービスとの連携を強化し、従来は扱えなかった大規模案件を受注できるようになったのです。
買収した側であるIT企業にとっては、既存のクラウドサービスとコールセンター業務を組み合わせることで、ワンストップのソリューションを顧客に提供できるようになるなどのシナジーが期待されました。また、コールセンター運営のノウハウを得ることで、自社システムのユーザーサポート強化にもつながっています。
10-2. 地域特化型コールセンター同士の合併
地方で地域特化型のコールセンターを運営していた2社が、業務効率化と顧客基盤の補完を目的に合併した事例です。双方とも地元の自治体や中小企業を中心に顧客を抱え、安定した売上を維持していましたが、新規クライアントの獲得には限界がありました。また、AIやRPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)などの新技術導入には資金負担が大きく、単独では困難な状況にありました。
合併によって経営資源を集中できるようになり、ITシステムへの共同投資を実施するとともに、両社の得意領域を合わせて新規サービスを開発することで、地元だけでなく周辺地域への販路拡大も可能となりました。合併後の組織統合には苦労があったものの、管理部門の一本化によるコスト削減と、スペシャリストの相互補完で業務効率が向上し、結果的に売上・利益ともに増加した成功例として挙げられています。
10-3. 海外企業による日本のコールセンター買収
海外企業が日本市場への参入を加速するために、日本のコールセンター企業を買収したケースです。日本市場は言語や文化の壁が存在し、海外から直接サービスを提供するには難易度が高いとされます。一方で、日本特有の「おもてなし」文化や丁寧な接客姿勢が、海外企業にとって競争優位を築くための魅力的なポイントになっています。
買収された日本のコールセンター企業にとっては、海外企業のグローバルなネットワークを活用して、多言語対応や24時間サポート体制を強化できるようになりました。また、新しい企業文化やノウハウが流入することで、社員のグローバルマインドが高まり、英語や他の外国語を学ぶ機会も増えました。この事例は、双方向でシナジーが生まれやすいグローバルM&Aの好例といえるでしょう。
11. コールセンター業界M&Aの今後の展望
11-1. AI・デジタル化のさらなる進展とM&A需要
今後、AIやビッグデータ解析、チャットボットなどのテクノロジーはますます進歩し、コールセンター業務の効率化や品質向上を後押しすると考えられます。しかし、こうした最新技術への投資には多額の資金が必要であり、中小規模のコールセンター企業が自力で開発・導入するには限界があります。そのため、資本力のある大手企業やITベンダーによる買収や合併がますます活発化し、業界再編が加速していく可能性が高いでしょう。
11-2. グローバル化と多言語対応ニーズの拡大
企業のグローバル展開が進む中、コールセンターに求められるサービス範囲はますます広がっています。海外拠点や多言語対応が当たり前となり、24時間体制でさまざまなタイムゾーンの顧客に対応する必要がある企業も増えています。日本国内だけではなく、アジア太平洋地域や欧米を含むグローバルな規模でのサポート体制を求めるクライアントが増えることで、国際展開するコールセンターの需要がさらに高まっていくでしょう。このような環境下では、海外企業とのM&Aや提携が一層盛んになると考えられます。
11-3. パートナーシップや協業を含めた柔軟な戦略
コールセンター業界のM&Aは単純な買収や合併にとどまらず、技術提携やジョイントベンチャーなどさまざまな形態が考えられます。AIベンチャーとコールセンター企業が資本提携し、一部のサービス開発を共同で行うケースも増えるかもしれません。また、大手企業同士でも特定分野に限った業務提携や共同出資で新会社を設立するなど、柔軟なアライアンスが広がる可能性があります。
11-4. 新たな課題と規制の動向
業界が拡大・進化するにつれ、個人情報保護やデータマネジメントの規制も強化されることが予想されます。EUのGDPRをはじめ、各国でプライバシー保護に関する法律が整備され、日本においても個人情報保護法が改正されてきました。こうした法規制の変化に対応するためには、一層のガバナンス強化とコンプライアンス体制の整備が必須です。M&Aを通じて事業を拡大する際には、拠点が増えれば増えるほどリスク管理が難しくなるため、法務面での専門家を交えた慎重な検討が求められます。
12. まとめ
コールセンター業界は、企業と顧客を結ぶ重要な接点を担うことで、企業価値や顧客満足度に大きな影響を与える業態です。電話対応だけでなく、多チャネル化やAIの導入などを通じて、顧客とのコミュニケーションのあり方が大きく変化してきました。その一方で、人材確保やシステム投資の負担、激しい価格競争など、多くの課題も抱えています。
こうした状況の中、M&Aはコールセンター業界の再編を加速させる重要な手段となっています。規模の拡大やコスト効率化、IT・デジタル技術の取り込み、海外展開への対応など、多岐にわたるメリットがある一方で、統合の難しさや人材流出リスク、法務面のリスクなども存在します。M&Aの成功には、目的の明確化、ターゲット企業の適切な選定と綿密なデューデリジェンス、そして何よりPMIフェーズでの丁寧な統合作業が欠かせません。
今後、コールセンター業界ではAIやデジタル技術のさらなる進展、グローバル化の加速、規制強化など、経営環境が一層変化していくと考えられます。その中で、生き残りをかけて各社が事業の再編や強化を図る動きは一段と活発化するでしょう。単純な買収だけでなく、技術提携やアライアンスなど多様な形態のM&Aが進み、業界全体が進化していく可能性も大いにあります。
コールセンター企業やそこに関わるステークホルダーにとっては、これから先もM&Aの動向を注視し、いかに自社の強みを活かせる形で成長戦略を描くかが重要になります。M&Aを上手に活用することで、新たな顧客価値を創造し、国際競争の波を乗り越えていくことが期待されているのです。